ムチムチの地(無知無知の知)

人生について一度立ち止まって、考えられる場所にしていきたい。

インドネシア滞在の備忘録 バリ島のプダワ村で学んだこと

 

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3月10日から10日間ほど、インドネシアのバリ島に行ってきました!

 

人生二度目の海外旅行。

 

今回は一人旅ではなく、15人くらいのメンバーで、バリにあるプダワ村という伝統の残った村に滞在させていただくという超貴重な経験をさせてもらいました。

 

本当にすべてに感謝。

 

人生最高の経験といっても過言ではないですね。思い出したら泣けてくる。

 

そんなバリで感じたことを備忘録として、写真と共に綴ろうと思います。

 

よろしくです!

 

 

自然という美

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バリはひたすらに美しかった。

 

海と山

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高い木々と照りつける日差し

 

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空には何層にもなる雲の山


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緑に囲まれた土地

 

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人の手では再現できない鮮やかさ

 

今まで味わったことのない自然に圧倒される。

ずっとこんな場所を夢見ていた気がする。

 

人の手が及ばない圧倒的な自然の彫刻。

長い長い時間と、たくさんのものの調和が生み出した美しさ。

 

そして、それを美しいと感じ、感動できる心を持っていることに感謝。

 

人間に生まれて良かったと心から思う。

 

時間とお金と心

 

インドネシア語には時制があまり無いようだ。

過去のことも未来のことも区別する必要は無いのかもしれない。

 

「あなたのご飯は美味しい。」

 

それはただ事実として残る。

過去のものとして無くなった訳ではない。

 

私達は時間に囚われる。

時間という概念も人間が生み出したものなのに。

おそらく記憶には時間軸なんてない。

 

それらはただ並列に頭にあって、そこに人が過去とか未来というレッテルを貼っているから区別できる。

 

私達はレッテルを貼り付けすぎなのかもしれない。

 

本当にあったこと以外に、もしこうだったらとか、他の人との比較など、本来ないものまでつくりだしてしまう。

 

本来ないものに心を囚われると、一生追われ続ける。

 

そして心にゆとりが無くなっていく。

 

時間やお金には特にその力が強いと思う。

 

インドネシアの人々は、心にゆとりがあった。

暖かく、優しさに溢れていた。心の繋がりがあった。

 

 

伝統と発展

 

村には伝統が残っていた。

ほかの文化があまり混じっていない伝統。

 

生活に結びついている宗教、儀式。

 

それらが心の規範をつくっている気がする。

 

科学だけでは心の規範はつくれない。

なんのために生きるのか。どう生きるのか。

 

それは日本では特に失われていると思う。

 

宗教や哲学、心の拠り所。それはもしかしたら1番失ってはいけないものかもしれない。

 

日本では、資本主義的な発展というイデオロギーに飲まれて見えなくなってしまった。

 

この村では残そうとしている。そして、人々もそちらの方が良いと感じている。お金や発展よりも、心が何より重要だと僕も思う。

 

観光地になっていくといちばん怖いのは、文化が形骸化することだ。見世物になることだ。

 

でも本当に人々が見たいのは、伝統的な建築物だけじゃない。人の振る舞いや心遣い、思いや祈り、自然などと調和した文化だ。

 

どこが欠けてもきっと本来の輝きは失われてしまう。残すのは難しい。それに発展も必要だ。

 

そして、文化は時代によって変化するものだ。

それは当たり前のこと。あまりにも過去に固執してしまうと、もっと根本的なものを無くしてしまうこともある。

 

核をのこして、新しいものも排除せず取り入れていく。そうやって伝統と文化を残していって欲しい。

 

最後に

このバリ島での生活は僕にとって本当にかけがえのないものだった。

 

かつて憧れていた幸せが詰まっていた。

 

豊かな自然とそれを眺めるゆったりとした時間。笑いあって食って飲んで。伝統や文化に触れる。新しい出会い。深い話。最高の仲間。人の優しさ、暖かさ。深い学び。

 

あらゆるものが揃っていて、それを思い出すと涙が出てくる。

 

でも、過ごしている当時はそこまで感慨に浸れなかった。振り返れば幸せが満ちていた。

 

だからいつも気づいていたい。目の前の幸せに。

 

目の前のありのままの現実には、解釈しだいで幸せや感謝、愛に満ち溢れている。

それは逆に解釈しだいでは疑い、悪、絶望に満ちている。

 

どちらか決めるのは俺次第だから、俺はありのままに感謝し、それを楽しもうと思う。

 

なるべくね。