ムチムチの地(無知無知の知)

人生について一度立ち止まって、考えられる場所にしていきたい。

自分を表現するということ ~ありのままの自分でいるには~

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自分を表現するということは、何も芸術家などに限った話ではありません。

 

普段の生活の中で、自分の感情に気づき、それを表に出すことです。

 

それは最初は恐ろしいことかもしれないけれど、きっと自分を救ってくれます。

 

 

 

皆さんにはかなえたい夢があるでしょうか?

もしくはあったでしょうか?

 

僕は失くしました。

 

小さい頃の僕には夢がありました。

画家や考古学者で暮らしていけたらどれだけ幸せだろうか。

そんな風に考えていた時期です。

 

きれいな絵を描いて、それが人に喜んでもらえる。そしてそれで生活していける。

まったりと一日中湖畔で絵を描いて過ごす姿にあこがれていました。

 

その反面、古代の歴史的な遺跡や、宝物を発掘するような、

ワクワクする冒険のような仕事もしてみたかった。

 

普通の会社員になりたいなんて全く思わなかったです。

 

でもそんな幼いころ思い描いた夢は、

心の底に沈んで、いつの間にか失くしていました。

 

無視

 

それは理性が芽生えたからかもしれません。

いじめられて自信を無くしたからかもしれません。

きっと両方です。

 

そんな職業でお金は稼げない。

俺にはできっこない。

 

現実はそんなに甘くないと、ずっと誰かに言われている気がしました。

 

周りに夢を明かす恥ずかしさ。

皆と違うという恐怖。

 

そうやって自分の夢に目を背けることは、自分を否定することです。

 

いつしか自分の感情を無視して周りに合わせるようになりました。

 

そうしなければ生きてはいけないのだと思い込んで。

 

自分

 

でもそんな人生に意味はあるのでしょうか?

 

夢なんてない。ただのサラリーマンで普通に暮らしていければいい。

いつしかそんな風に言うようになりました。

 

卒業文集なんかに書くことは何もありませんでした。

 

それでも自分のアイデンティティを求めずにはいられなかった。

何か、周りと違うんだという証明が欲しかった。

 

皆が正義の味方が好きなら、僕は怪獣が好きでした。

アンパンマンよりもバイキンマンが好きでした。

 

目立たないところで、注目されないところで、天邪鬼でした。

 

皆が寝てる授業は真面目に聞きました。

皆が覚えないようなことを覚えようと必死になりました。

 

でも、自分というのが何なのかわからなくなりました。

 

そして生きている意味も。

 

 

いつ死んだっていい。

 

ただそれまで楽に流れて生きよう。

 

高校生の頃はそんな風にしか人生を考えられませんでした。

自分は取り換えの利くただの歯車に過ぎない。

 

自殺をすればどんなに楽だろうかと思いました。

でもただ怖くて、積極的に死にたいとは思わなくなっていたのです。

 

そんな話は誰にもしませんでした。

 

親や友人にも変に気を使っていたかもしれません。

 

ただ迷惑をかけないように慎重に、静かに生きていました。

それはただ自分が傷つかず、楽な道だと思ったからです。

 

それでも生きている意味を、どこかには探していました。

 

意味

 

大学生になってもただ日々を消化していました。

時間を浪費しては、無駄にした時間を憂いて。

 

でも哲学みたいなことは好きでした。

人間が生きている意味について真剣に考えました。

 

生きている意味はありませんでした。

 

ただ存在しているにすぎないのです。

 

宇宙が誕生したことに意味なんてものはないのですから。

 

全てのものは、物理的な法則で今の形に落ち着いただけです。

 

そう考えた時、楽になりました。

どんな人にも、客観的で普遍的な意味なんて

持ちえないんだとわかったからです。

 

そうして、生きている意味は自分で決めるしかないのだと、

ようやく気づかされました。

 

表現

 

最近になって僕はようやく自分の生きる意味を決めようと決心し、

色んな事を広く学び始めました。

 

そして自分の意見を少しずつ言えるように意識し始めました。

 

自分の素直な感情をキャッチしようとしてもいます。

 

結局、ありのままの自分の感情からしか、生きがいや志はでてこないのだと思います。

 

理性より感情が人を動かします。

 

感情を認め、どうすれば達成できるのかに理性を使いましょう。

理性は感情を否定するものではないのです。

 

日々自分の考えや感情を言葉にしたり、歌にしたり、絵にしたり、踊ったり。

そういった自己表現の中に自分のアイデンティティは出てくるし、表現してみなければ見えてこない自分というのもあるのだと思います。

 

何らかの形で表現しないことには、自分の価値を認めることは難しいです。

 

表現しないことには、周りに何も伝えることができません。

 

伝えたいものを無視せずに拾って、自分が一番自分を表現できる方法を見つける。

 

そしてそれはありのままの自分で生きている実感を生んでくれるのです。

 

だから、自分を表現してみましょう。

 

僕もだんだんと素直になれている気がします。

 

そして大切なのは失敗したっていいって思うこと。

 

失敗は罪ではない。挑戦した失敗に後悔する必要なんてないんです。

 

そのためには相手の失敗を許せる強さを持つこと。

 

そして自分と相手を平等に扱うことです。

 

失敗を認め合い、後には笑いあえるのが一番!

 

 そんな環境や社会をつくっていければいいなあ。