ムチムチの地(無知無知の知)

人生について一度立ち止まって、考えられる場所にしていきたい。

哲学的な話 ~宗教とは何かについて考えよう。定義はあるのか~

宗教とは何でしょうか。

 

自分には関係がないと思っているかもしれません。

 

でも、人間が生み出したものの本質はすべて一緒ではないでしょうか。

 

今よりも自分の生活をよくしたい。安心し恐怖やストレスをなくしたい。

 

それだけなんだと思います。

 

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というわけでラストシーンから入るストーリー的な感じに

総論をしょっぱなにぶつけてみましたw

 

伏線回収、頑張ります!

 

 

宗教の成立

そもそも宗教はどこが始まりなのでしょうか。

 

元をたどればホモサピエンスが、

言語能力や意識を発達させたことに

端を発しているのは間違いないでしょう。

 

いわゆる認知革命というやつです。

 

人が存在しない世界で宗教というのが発生するとはちょっと想像できませんよね。

 

また、史実的な話もすると、宗教的な痕跡としては、

30万年前の意図的な埋葬の跡が残されています。

 

確かに他の動物に埋葬という行為は無さそう。

 

史実的にはここが宗教の始まりとも言えるかもしれませんね。

 

 

でも僕的にしっくりくるのは、認知革命以後の人類が、

ストーリー創りや未来の予測などをはじめたこと自体、

つまりは現実ではなく、想像を使い始めたのが、

宗教の始まりだと言えると思います。

 

宗教の歴史についてはWikipediaを参照。

宗教の年表 - Wikipedia

 

人はなぜ埋葬するのか

 

埋葬という行為が史実上の最初の宗教だという話をしました。

 

死んでしまったらもはや生き物はモノであり、

他の動物の糧にすぎないというのが、合理的な自然の世界です。

 

もはや遺伝子を残すという役割を失ったモノに過ぎないので、

そこに特別な感情を引きずるようなことはあまりないのだと思います。

 

それは本来、自然界では不合理なものとして自然淘汰で消えているでしょう。

だから自然界では長らく、埋葬という行為は存在しませんでした。

 

人間が現れるまでは。

 

 

なぜ人間は埋葬を行うのでしょうか。

 

また、それが自然界での不合理な行為であるならば、

なぜ人間は生き残り、繁栄したのでしょうか。

 

 

現代に生きる私たちも埋葬は行いますね。

 

埋葬は、死者のことを気遣った行為であり、

自分の死に対する安心でもあるのではないでしょうか。

 

死体は放置されれば酷い臭いを放ち、腐敗し、ウジなどに食われていきます。

それは、その人が醜い姿に変わっていく過程です。

 

自分が愛情をもって接していた人のそんな姿を見たいでしょうか。

また、それはその人の魂や記憶を傷つけるように感じませんか。

また、自分が死んだときのことを考えて、そんな姿になりたくない!

つまり、そんな姿にされてしまう死は恐ろしいものだ!

という思いは確かに共感できると思います。

 

そういったたくさんの思いが、意識によって生み出され、

埋葬という行為に表れたのではないでしょうか。

 

埋葬は不合理だが合理的。

 

では、人はなぜ繁栄したのか。

それも意識のおかげなのだと思います。

 

自然淘汰で消えるはずのものが、自然界で有利に働くというのは矛盾のように感じるかもしれません。

 

確かに死者を弔うという行為だけを見れば不合理です。

しかし、それによって人が安心感を得る、

すなわちお互いの埋葬という利害のためにまとまり、

集団をつくって力を合わせたならどうでしょう。

 

「俺が死んだらその時は…頼んだぜ、相棒。」

 

それは自然界での大きなメリットにつながるのです。

 

認知革命によってもたらされた意識は、

不合理な行為というデメリットも生み出しました。

しかし、集団をまとめ上げ、力を合わせるという、

それを上回るメリットも生み出しました。

 

そしてそれを宗教と呼んだのです。

 

宗教の役割

宗教のという字は、集団という意味もあるようです。

 

また、たしかガブリエル・マルクスなんかも、

「一人では妄想と呼ばれるが、集団では宗教と呼ばれる」

的なことを言ってた気がします。(要確認)

 

つまりは、集団で見る幻想こそが宗教だと。

 

実体はないけれども、みんなが信じているものが宗教の正体とも言えます。

 

それによって人がまとまり、協調して大きな力を発揮するのです。

 

もうひとつの役割として、宗教は、意識が生み出した高度な未来予測などにおける恐怖などを和らげてくれる役割も担っていたのだと思います。

 

人は恐怖やストレスを減らして、安心感を得たいものです。

 

何かに属しているというのは人の心を満たします。

昔における孤独や孤立は死に直結したのでしょう。

これは、自分がそのコミュニティで価値を生み出せないなら死ぬという恐怖にもつながったと思います。

 

また人は、未知のもの、理解を超えたものにも恐怖を覚えます。

予測ができないからです。

 

個人的な話ですが、

翅があって、予測できない飛び方してくる虫がマジで怖いですねw

 

とまあ、虫はさておき、そういった恐怖に安心感を与えてくれたものが宗教だったのではないでしょうか。

 

つまり、未知のものに答えを与え、集団で孤立しないようになるための最強ツールが

宗教だったのだと思います。

 

まとめ

宗教は時代によって、場所や気候変化などの環境によって、

アニミズム多神教一神教など、人間に都合よく対応してきたのだと思います。

それがエゴや利己主義、権威なんかと合わさっておかしな方向へ向かったりも。

 

そうやって形を変えながらも、人の恐怖やストレスを、安心や安定に導くものとして人類のそばに寄り添ってきたのです。

 

それは今でいうならば科学かもしれません。

もしかしたら資本主義やお金、はたまた国家というものかもしれません。

 

結局のところ人類は、認知革命という知恵の実をかじってからというもの、宗教無しには生きられなくなったのかもしれませんね。

 

上手いこと言えた気がするのでこの辺で終わりましょう(笑)

 

 

最後まで読んでいただき誠に感謝です!