ムチムチの地(無知無知の知)

人生について一度立ち止まって、考えられる場所にしていきたい。

哲学的な話 ~神とは何か。存在するのか~

神は死んだ

 

フリードリヒ・ニーチェ

 

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神とは?

 

皆さんは「神」と聞くと何を思い浮かべるでしょうか?

 

キリスト、アッラーといった一神教の神。

ゼウス、アテナ、シヴァ、天照大神など、神話や多神教の神々。

自然崇拝のアニミズムや、すべてに神が宿るという汎神論。

日本では神社、寺など、神道や仏教が馴染み深いかもしれません。

 

最近では、「あれはマジ神!」

といった使い方をされてますね(笑)

 

「神」と聞くと、とにかく宗教的意味合いを感じると思います。日本人では特に。

 

 

ですが、一口に神と言ってもこれだけの種類があるんですよね。

 

 

神の定義

 

では神の定義とは何でしょう?

 

一般的には、

人知を超えた存在。信仰の対象。

また、一神教世界では、全知全能の善なるもの。

 

こんな定義だと思います。

 

(日本語では特に)抽象的な概念なので、まだまだぴんと来ないかも。

 

人の力では成し遂げられない奇跡を起こす存在で、

善悪を判断し、天国や地獄へとふるいにかけるようなイメージ。

そんなイメージが強いと思います。

 

逆に神道や汎神論はイメージしづらいかも。

 

でも、日本の「いただきます」などは

頂く命への感謝で、神事とも言えますし、

初もうでやお盆など、

身近なところに残っているものもたくさんあります。

 

日本ではどちらかというと身近な存在。

西洋では遠い存在と言えるかもしれません。

 

神は存在するか

 

さて、神は存在するでしょうか。

 

みなさんはどう思いますか?

 

宗教上、存在すると言い切る人もいるでしょうが、

いない。という人のほうが多いと思います。

 

実際、日本人の半分以上は無宗教みたいですし。

https://syukatsulabo.jp/article/1383

 

しかし、現実として神は存在しましたし、今も存在しています。

 

何を言っとるんじゃね、ちみは。

神は死んだのだよ。科学こそ信じるに値するのじゃ。

 

そんな声が聞こえてきますね。

 

でも、人類の歴史は神の歴史だといっても過言ではない。と思います。

 

それに、もし神が存在しないというならば、証拠を挙げてください。

(これは悪魔の証明*1と呼ばれています。)

 

というのは冗談で、神は物質上には確かに存在せず、

物質に対して干渉する法則は科学によって説明されるようになりました。

 

そういった意味でニーチェは「神は死んだ」

と言ったのです。

 

しかし、その神の概念はそのまま、貨幣や国家、企業などの

イデオロギーにも言えることではないでしょうか。

 

貨幣や国家は多くの人の信頼によって(共同主観的に)存在しています。

信頼がなければ貨幣はただの紙。国家も妄想のたぐいです。

 

それならば「神」というのは存在している(少なくともしていた)

というのは妥当な考えだと思います。

 

 

神と人間の歴史

 

そして神は、人間というものを通して、現実に大きな影響を与えていたのです。

 

その歴史としては、認知革命*2に端を発します。

 

そのころの人類は狩猟採集生活をしていました。

でもせいぜい1つの集団の人数は限られていました。

 

しかし、ある時を境に集団の数は増えます。

それをまとめ上げたのが、神であり、物語だったのです。

当時の神々は、アニミズムなどの自然崇拝が主流でした。

 

豊作や災害はすべて神のご機嫌次第。

生贄や儀式をしてご機嫌を伺います。

 占いやまじないなども行われていました。

 

何よりも地球の自然に対して、命を頂くという感覚を持っていたのだと思います。

インディアンたちは7世代先のことを考えて、

自然を過度に傷つけるようなことはしませんでした。

 

しかしそれは農業革命でまた大きく変わったのだと思います。

 

人々の生活が狩猟採集から、農耕牧畜を中心に変わると、

人は今まで神と拝めていた自然を支配し始めました。

 

自分たちで命を生み出し、刈り取る。

 

それを正当化するために、

一神教ヒエラルキーは誕生したんじゃないか

というのは僕の考えです。

 

神の下、人は他の動物より優れている。

そういったヒエラルキー一神教の神は正当化したのです。

 

それによって科学革命やダーウィンが誕生するまでの長い長い間、

神は存在し、実際の生活に対して深い影響力を持っていたのです。

 

それは現在のイデオロギーと同じように。

 

神は死んだ のか?

しかし、神は存在しないのではないか。

そんな疑念が膨らみ、信仰をベースとして生きていた神は力を失い、

とうとう「死んだ」とまで言われるようになりました。

 

日本でも戦後、現人神であった天皇は、

ただの人間であり、神ではなく象徴であるとされました。

 

しかし、そんな中でも、

神は存在するのではないか、という議論をした哲学者もいます。

 

ニーチェよりも前ですがトマス・アクィナスの第一原因論や、

スピノザ存在論的証明、現在でも支持のある、

インテリジェンスデザイン論もあります。

不可知論というのも主流化もしれません。

 

神はすべての原因であるというのが第一原因論

つまり、宇宙はビッグバンによって生まれたが、その最後の原因は神であると。

 

また、神というのはすべての性質、概念を包摂した完全なもの。

つまりこの世のすべてをひっくるめた概念を、神と呼ぶのだから存在する。

というのが存在論的証明。

 

インテリジェンスデザインとは、この世は

科学的、客観的な真理によって設計されている。

その真理を設計したのが神に他ならない。

 

不可知論とは、神は人間の認知できる存在ではないので、存在するかしないのか言い争っても無意味だ。という考え方です。

 

どうでしょう。神は死んだと言い切れるでしょうか。

 

最後にパスカルという哲学者が神を信じる理由も載せておきます。

 

死んだとき、神を信じていたなら天国にいける。

もし存在しないなら何も起こらない。

 

じゃあ信じておいたほうが、信じないことよりも合理的じゃないか。

私は、神が存在するほうに賭ける。

いないほうに賭けるのは、非合理的だ。

これはリスク0の賭けなのだから。

もし外しても何も起こらず、当たれば天国に行けるのだ。

 

まとめ

 

神は確かに人間社会に影響を与えてきた。

しかしそれは人間が自らを正当化させ、

集団をまとめ上げるための、

一つのイデオロギーに他ならないのかもしれない。

 

もしくは、神とは全知全能で、第一の原因で、すべての概念や性質を含み、

この世の真理を設計した存在である。

 

または人間が知覚できるものではない。

 

かなり矛盾をはらんでいる気がしますが、

その矛盾すらも包摂するのが神なのかもしれません。

 

神はサイコロを振ることも、振らないこともあるのです。*3

 

それは存在するとも言えるし、存在しないとも言えるものなのです。

 

 

 (この本、あまりに有名ですが深いインスピレーションを与えてくれました!)

サピエンス全史(上)文明の構造と人類の幸福

サピエンス全史(上)文明の構造と人類の幸福

 
サピエンス全史(下)文明の構造と人類の幸福

サピエンス全史(下)文明の構造と人類の幸福

 
ホモ・デウス 上: テクノロジーとサピエンスの未来

ホモ・デウス 上: テクノロジーとサピエンスの未来

 
ホモ・デウス 下: テクノロジーとサピエンスの未来

ホモ・デウス 下: テクノロジーとサピエンスの未来

 

*1:無いという証拠が挙げられないなら存在するのだ、という証明方法。

*2:ホモサピエンスが認知的能力を獲得し、集団を神話や物語によってまとめ上げたこと。

*3:アインシュタインの言葉「神はサイコロを振らない。」から引用。これは量子力学における不確実性に対して言った皮肉。